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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
8月唐桑ツアーを終えて
社会学部社会学科3年
岩谷菜央

 2016年8月の唐桑ツアーは、私がツアーとして東北に行くものとしては最後のものとなった。初めて私が東北を訪れたのは大学1年生の終わりであった。唐桑ツアーや社会学部の授業で東北に行く活動なども含めると、数年の間に何度も同じ場所を訪れたことになる。唐桑ツアーは活動としては分かりやすい活動ではなく、活動を行っている私自身もこの活動に意味はあるんだろうか、と何度も思う時があった。私の心の中でさまざまな紆余曲折があり、決して良い思いだけを唐桑ツアーに対して抱いていたわけではなかった。だが、8月に最後に行ってみて、「また唐桑にいつか自分は行くだろうな」という気持ちが残った。
 思い返すと、一年生の時に最初に唐桑や陸前高田を訪れた時はただ圧倒されていただけだったように思う。圧倒されたのは、出会った人々の語りであったり、何もない更地の土地であったり、見たり聞いたりするもの全てだった。そもそも私はボランティアをしたいという気持ちは最初から持っていない。ただ震災が起きた時はテレビや新聞を介してしか被災地を見ることができなかったから、直接自分の目で見たいと思った。それで唐桑ツアーに参加したのだ。そんな私だったが、三日間のツアーは、自分自身で直接被災地へ赴いてみると、あまりにも情報量が多すぎた。このよく分からない圧倒される感覚は何なんだろうかと思い、私は再び唐桑ツアーへ参加することになる。
 二回目に参加したツアーでは、圧倒されるということはなくなったものの、今度は負の感情に襲われた。この感情は私が勝手に感じたものであるから、決して唐桑ツアー自体や、唐桑や他のまちやその地の人々のせいでは決してない。しかし、たった二回唐桑へ足を運ぶだけでは、入り込めないコミュニティがあることを感じた。そのコミュニティを目の前にすると、自分などが東北に行く必要性など感じなかった。すでにいる人たちだけで十分やっていけるだろう、と感じたのだ。今振り返ると、子どもの感情である。だが、その時の私は、なんというか自分たち以外の人間がとてもあつく唐桑というまちで盛り上がっていることに対して、疎外感を感じたのである。コミュニティの中の人間は楽しくても、それは単に他の人間を排除しているだけではないか、と勝手に考えたのである。
 そんなことがあって、私はしばらく東北から離れようと思った。その気持ちが変わったのが、社会学部の「震災のフィールドワーク」という授業である。この授業は被災地へ行って、震災に関係のある人々にインタビューをし、その語りをもとに報告書を完成させるという授業だ。その中で、私が気になった土地は、やはり唐桑であった。自分なら絶対に都会に住んだままが良いのに、わざわざ唐桑のような田舎町に移住している若者たちがいるらしい、と聞いた。そのうちの一人に私は話を聞くことになった。
 唐桑に再び戻ってきて、いつも泊まっている宿で女将さんたちに出迎えられたとき、私は不思議とそれまで感じていた負の感情が浮かばなかった。ただまたこの土地に「帰ってきた」という感覚がした。負の感情が消えたのは、時間をおいて自分の中でリセットされたから、というのが一番大きい原因であると私は思っている。ただそれに付け加えて、いつの間にか「帰ってきた」という感覚になるほど、愛着をこの地に少しだけ持っていたのだな、と自分で感じられたことも一因ではないかと思う。
 それ以降は、この地に足を運ぶことが苦ではなくなった。その一方で、自分はこの地に対して何も返すことができないな、と思った。自分が良くしてもらっている分、唐桑にただ行くだけではなく、何かをしたいという純粋な気持ちがあった。そして、唐桑ツアーという活動として、ただその土地に行って人に会ったりするだけで何か意味があるんだろうか、という考えが常に頭をもたげていた。
 そして私が三年生へと進級する前、「このままだと来年度以降も唐桑ツアーを継続するのは難しいかもしれない」という話があがった。結果としては、今年度は一年唐桑ツアーを継続させてもらえることになったのだが、当時は本当に学校からの援助を受けられなくなってしまうかもしれない、という状況であった。
 私はこの状況に大変焦ったが、しかしその一方で、これを機に唐桑ツアーの活動を考え直し、より充実した活動に変えられるかもしれない、と密かに喜んだ。そして2016年の3月、今後どのような活動にしたらいいのか、現地の人にひたすら聞いて回る唐桑ツアーを組んだ。聞いた結果は、「ただ来てくれるだけでいいんだよ」という、本当にいつも私が聞いてきた言葉だった。最初は、その言葉の先に何か隠れた欲求があるのではないか、と私は考えた。しかし、それ以上の言葉を聞くことはできなかった。ツアー中、私はこのツアーは失敗した、と思い非常に情けない気持ちになった。
しかし、最終日でお会いした以前唐桑でまちづくりを行っていたおじさんたちとお話をして、その気持ちは払しょくされた。その方たちと会ったのは私と同じサークルを率いる学年の人だけで、下級生はいなかった。だから、皆真剣に今後の活動をどうしようか迷っていることを話した。それに対して返ってきた答えはやはり「来るだけでいいんじゃないかな」ではあった。しかし、今までその言葉をどこか嘘だと考えていた私は、自分たちがこんなに真剣に話して返ってきた言葉がそれなのだから、嘘ではない、とここにきてようやく分かった。来るだけで良いという今まで何度も聞かされてきた言葉を真に受けとめられた瞬間だった。
 今後の活動の指針がとりあえず見えたので、私はとても満足だった。今回8月も唐桑ツアーに参加したが、正直言うと私は3月のツアーで答えが見つかったので、燃え尽きていた。ほかのみんなには悪いが、燃え尽きていたので3月ほどの意気込みは正直なかったのだ。例え援助金がなくても、指針がぶれなければツアーは続いていくだろう、という確信が持てたからだ。しかしその8月ツアーで、かき養殖を行っている、宿泊している宿の女将さんが、立教のかきのいかだを作ろう、と持ちかけてくれた。
 これは本当に嬉しかった。嬉しかったと同時に、思いがけぬところで今までの唐桑ツアーが急に結果となって表れた気がして、びっくりした。
 今度こそ本当に学年が変わっても、そして唐桑ツアーという形でなくなっても、ただその地に行けば活動は続いていくな、と確信して、私は安堵した。 
 唐桑ツアーというのは難しい。確かに何度も足を運び、その土地の人々に会うことに意味があるんだ、と自分たちのなかで確信していても、それを人に伝えるのは根気が必要である。今回女将さんがいかだを作ろうと言ってくれたからこそ、周りに伝えると、「今までの関係が実を結んだね」と分かりやすく周りの人間は分かってくれる。当事者である自分たちにとっては、いかだを作る、というプロジェクトがなくても、現地と関係ができていることは何となく感じることができる。しかし、周りにそれを分かりやすく伝えるには、今回のようなことがあると、とても楽になってしまうんだな、と私は感じた。唐桑ツアーは、自分たちが満足するだけでなく、周りにその意義を伝える必要性がある。行っている活動のすごさを伝えるのではない。自分たちがどんな活動をしていて、そこでどんなことを得て、どんなことが達成できているのか、小さなことでもいいから伝える必要があるのだ。
 しかし、その一方で唐桑ツアーに参加した人全員が必ず何かを掴まなければいけない、というものでもないはずだ、と私は思う。私は様々な人との出会いが唐桑ツアーでは一番面白いと思った。一応ボランティア活動と銘打っておきながら、ついぞ私は「ボランティア」というものをした覚えはなかった。ただ人と会って楽しく話していただけである。そこに惹かれて何度も唐桑ツアーに参加した私のような人間もいるし、きっと全然違ったところに惹かれた人間も多いと思う。そして、別に唐桑ツアーのような活動には興味が出なかった、という人もいるんではないかと私は思う。ただ、「自分はこのような活動には興味が向かないんだな」、と分かってくれればそれで良いと思う。唐桑ツアーに参加すれば、人の気持ちが劇的に変わり、どんどん活動にのめりこむようになる、というのが全てではないと私は思う。プラスの感情だけでなく、負の感情もどこかで発生するはずだ。だから、唐桑ツアーで全員が同じ方向を向く必要はないのだ。皆がそれぞれの立場で向き合っていればそれでいいと思うのだ。
 長くなってしまったが、唐桑ツアーは本当によく分からない活動である。活動の成果を人に説明するのは難しいし、活動の意義は結局のところ自分で見つけていくしかない。その過程が楽しいだけではなく、つらいこともあると思う。私は結局のところ、人と会うことの面白さしか発見できなかった。人とつながっていくことで、何かが生まれることを8月ツアーでは実感したが、それもたまたま分かりやすい形で現れただけである。
 私はまちの復興に積極的にかかわっていきたい、という気持ちはあまり生まれなかったし、今後もずっと唐桑と付き合っていくのかに関してはとんと分からない。人に会いたいという気持ちは、その会いたい人がいなくなってしまったり、その人の違う面を見たりしたら、冷めてしまう気持ちかもしれないからである。私は永遠に唐桑と付き合って、精力的に活動することはきっとしない。大学時代の1ページになるかもしれないし、社会人になったらもしかしたら一年に一回くらいは行くかもしれない。
ただ、東京にいてこんな文章を書いていると何だかネガティブな気持ちになってくるが、きっと唐桑を訪れた時、「帰って来たなあ」という感覚は変わらないんだと思う。
 今のところは、自分が免許をとったら唐桑まで車を運転して色んな人に会いに行きたいなあ、という気持ちがあるのみだ。それだけはどうしても実行しなければいけない気がしているのだ。今まで唐桑の人と色んな話をしてきて、散々お世話になったから、お礼をしたい、という気持ちに近いのかもしれない。

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【2017/03/26 19:41】 | 活動報告
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