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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
唐桑ツアー報告書
社会学部現代文化学科1年 
珠村 智

 私は唐桑ツアーに初めて参加したことで、現地の人やボランティアで来た人たちの話を聞き、東日本大震災について新しい知見を得られたと考えています。
 1日目、唐桑ツアーに初めて参加した学生は米沢祐一さんを伺い、地震と津波の体験を実際の現場で聞かせていただきました。米沢さんのお話は以前テレビでも見聞きしたことがありました。けれど、米沢さんの口から出る言葉の一つ一つを聞くと、テレビでは絶対に伝わらないことがあると実感しました。米沢さんの話す間や、表情といったものを私の言葉で表すことはできませんが、そうしたものを受け取ることができ、震災の恐ろしさが深く胸に刻まれました。テレビや新聞では、何メートルの津波が来た、といった数値の情報を提示します。しかしそのスケール感を知ることができるのは、現地のほかないと知ることになりました。
 唐桑ツアーの2日目、3月11日は奇跡の一本松や安波山をめぐりました。私は唐桑ツアーとは別に、東北を個人的に旅行したことがあり、奇跡の一本松に行くのは2度目でした。一本松で思ったことを正直に述べるのならば、私はこの時、ガッカリとしたのです。一本松は震災のシンボルでしかなく、それ以上のものではないと感じました。また、現地にいる人々の様子を記録するため、携帯電話で写真を撮る自分は、不謹慎な観光客のようでもありました。ここで写真を撮るだけでは、何も意味がないと感じ、自分にできることを深く考えようと思うきっかけになりました。
 3月11日の2時46分、地震が発生した時刻は気仙沼の安波山で迎えました。そこから見える海は深い青色をしており、津波が起きたとは思えないほど穏やかな情景でした。そこで1分間の黙とうをささげたとき、私の中に込み上げてきた感情は、「また来たい」というものでした。東北で多くの人、物が失われたという事実を再認識し、ここに再び来たら、何が変わっているのだろう、という一種の期待と、自分もその中に加わりたいという思いが強まった気がします。
 3日目は馬場国昭さんのお話を聞き、その後福祉の里C棟を訪れました。馬場さんのお話は昨年7月にFrontiersが開いた講演会「出張カエル塾」で一度聞いていました。しかしいざカエル塾に行ったとき、そこは全く違うものだと感じました。まるで実家に帰ってきたかのような安心感。いや、カエル塾には一度も行ったことはないのに、自分の住んでいる家と同じように居心地がよかったのです。それはきっと、馬場さんの人柄も影響しているのでしょう。馬場さんは今まで会ったことのあるどんな人とも異なる人物のように思います。偉大で、でもなぜか親近感の湧く存在。純粋に会って話を聞きたいと思わせる人物。この時Frontiersの人たちが唐桑を好きになる理由が完全に分かりました。
 福祉の里C棟では先生を含め全員が和やかな雰囲気でお話をしていました。と、同時にテレビで何度も見たことのある仮設住宅というものの実態を垣間見ることができました。仮設は狭く、そして寒い。にもかかわらず、そこにいる人たちはアットホームで暖かい。多くのものが失われた震災を経て、改めて人とのつながりの重要さを知る場でした。唐桑ツアーがなければ出会うことがなかった人たちとのつながりを感じ、この唐桑ツアーを終えました。
 唐桑ツアーに参加することで、復興というものについて強く感じることがありました。自分も一緒に復興に携わっていきたい。それも、被災者と支援者といった堅苦しい上下関係ではなく、共に、楽しみながら新しいものを創り上げていく。そういった復興の形があってもいいと私は考えるようになりました。今、東京と東北のつながりはどれほどあるのでしょうか。今回出会った多くの方が口にしていた『東北に来るだけでもいい』という思い。この言葉は東北とのつながりが何よりも重要だという意味だと思います。
 このような素晴らしい機会を与えてくれたFrontiersメンバーや社会学部の方々、そして協力してくださった東北の皆様に感謝しています。こうしたイベントがこれからも行われ、東北の素晴らしさと震災の教訓が伝わっていくことを望みます。

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【2016/04/19 15:48】 | 活動報告
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