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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
唐桑ツアー報告書
社会学部メディア社会学科2年 
徐劼劼

 今回は私の10回目の東北への旅、3回目の唐桑ツアー。
 あれから5年。とても長いような気もするが、あっという間だった気もする。今回の唐桑ツアーは現地がどうなっているかをもう一度自分の目で確認したが、それより、自分のこの震災と関わっている5年間の時間を振り返るきっかけになった。
 今の大学1年生の人はその時中学2年生だった。震災の年に産まれた子も小学生になる。その時日本に来た1が月も経ってなく日本語全く喋れなかった自分は、今大学で勉強している。この5年間は、自分にとっての意味ももう一度確認したくなる。
5年という月日の間に「復興」の度合いも人により差が開いている。未だに仮設住宅の中に暮らしている人はいる。一方で災害公営住宅へ引越し、新生活を始めようとしている人もいる。昔住んでいた場所への帰還を待っている人もいる。一方でふるさとに帰ることを諦め、新しい場所に生活することを決めた人もいる。5年も経った今でも、東北という土地に震災の大きな跡が残っている。
私たち今回のツアーで出会った鈴木茂さんは昔唐桑の小鯖地区でずっと暮らしていた。震災で自分の家は全壊した。しかし、彼はこの5年間でずっと小鯖地区の再建のため、力を尽くした。やっと、小鯖地区の集団移転ができ、3月11日の午前中に鍵渡すことができた。小鯖地区の住民たちはようやく仮設暮らしと別れ、新生活を始めるになった。この5年間は、彼にとってきっととても長いと感じるでしょう。
 そして、現地で私たちのような大学生に震災経験と人生経験を語ってくれ、今までも何回もお世話になっているカエル塾の馬場国昭さんは、震災のおかけで、学生からたくさん元気づけられたそうです。震災のきっかけで、自分が若い友たちたくさんでき、「震友」がたくさんできた。この5年間も同じく忙しかっただろうが、きっと悲しい思いより、笑い声のほうがよりカエル塾で聞こえるでしょう。5年間はあっという間と感じたかもしれない。
 私も、迷った自分が震災の時に、なんか「頑張らなきゃ」を感じられたような、もっとしっかり自分の人生を歩くことを決めた。大学に入学した後にも、恩返しのような被災地のボランティア活動をし始めた。しかし、何度も現地へ行き、現地の人と仲良くなり、何らかの不思議のつながりができてしまった。今つなかんへ行くと、もちろん、「お邪魔します」じゃなくて、「ただいま」を言う。唐桑へ行くことも、奇妙に里帰りの感覚がする。私はこの感覚をずっと大事しにしたい。この5年間の時間も、ずっと大事にしていきたいと思う。
 これは、今回「5年」という節目の時の唐桑ツアーで感じたもの。きっと、こう思ったのは自分だけではないと思う。震災経験自体はとでも悲しいことと思う。あの大きすぎる体験を私たちは忘れてはいけないと思う。しかし、その悲しみの終点に生まれたのは、私が現地で確実に感じた喜びである。その喜びは、「復興」に対して、大きな意味があると思う。その「喜び」のためでも、「復興」はこれからずっとやるべきだと思う。
 次の唐桑ツアーは参加するかどうかは分からない。当たり前ように参加するかもしれない。しかし、まだ昔の自分の姿や感覚で行くと何かの違和感を感じる。この5年間を経験した後の自分、成長した、あるいは変わった自分なら、行けるかもしれないが、その自分はどこにいるのはもう少し模索したい。

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【2016/04/19 15:47】 | 活動報告
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