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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
唐桑ツアー報告書

文学部文学科3年 小田嶋景子

 私はこの8月のツアーで唐桑ツアーに参加するのは3回目となった。今回のツアーに参加したいと思ったのは以前から3回は参加しておきたいという思いがあったからだった。その理由は、1回目には初めて「被災地」という場所に行って感じること、2回目には再び訪れた時に感じること、3回目以降は何度か訪れたことがある身として行って感じること、という一通りの感じられるものというのを経験できるのではないかと思ったからだった。そうすることで、最低限このような活動に関わったことへの自分なりのけじめがつけられるのではないかと思っていた。
 実際に行ってみると、自分のことを覚えていてくれる方がいたり、再会を楽しみにしてくれている方がいたり、また自分も覚えている場所が増え、さらにそれらの道筋が結び付けられたりと、より唐桑と自分の関係ができてきていると感じられることが多く、それが嬉しかった。しかし、今回のツアーでは初めてのことも多く、新鮮さを感じながら過ごすこともできた。早馬神社を訪れたことやからくわ丸の方々と交流したことがそうである。また、陸前高田で道の駅や一本松を見たのは昨年の5月のツアー以来であった。その時は初めて参加した時の最初に訪れたため、緊張もあり肩に力が入りすぎていた。そのため、今回じっくり見ることができたのは良かったと思う。
 3回という目標も達成できたため、3年生の8月という時期を考えてこれが最後の唐桑ツアーにするつもりでいたが、唐桑に行っている最中にすでにまた行きたいという気持ちが湧いていた。それは、まだまだ自分には分かっていないことがあるということを感じたからでもあり、自分が唐桑で会う人たちとの関係ができ始めていることが分かったからでもある。そしてツアーを終えて最終的に感じたのは、今度はFrontiersの唐桑ツアーとしてではなく個人で行ってみたいということである。それは以前から感じていたことではあるが、今まではそれは「夢」というようなものだった。しかし、今回はそれが実現できることとして感じられるようになっていた。自分を個人として分かってくれる人がいるということが自信になったのかもしれない。また、ツアーとは違った個人で行くことで発見できるものや得られることを求めているのかもしれない。ただ、一人で行きたいのか、同じく唐桑ツアーを経験したFrontiersのメンバーと行きたいのか、そしてそこで何を得たいのかということはまだ分かっていない状態である。
 また、今回掲げている「ひろがり~点から線へ~」というコンセプトについてもこの報告書を書くにあたって考えてみた。上記の通り、自分とツアーで行く場所や出会う方々との関係性ができてきているということを「ひろがり」と言うこともできる。しかしそれは、単にぼんやりしていた点がはっきりした点になっただけなのではないかとも思う。また、日常に目を移しても、唐桑ツアーに参加するようになってから、「気仙沼」や「陸前高田」というワードに反応するようにはなっている。しかし、それが「点から線」になっていると言って良いのだろうか。私の日常生活の中には様々な世界があり、このような活動のことが全く関係のない世界もある。点から線になっても、ひろがっていっても、それはあくまでも復興支援に関する活動を通した世界の中だけのひろがりなのではないか。そんな風にも考えてしまう。
 このコンセプトが達成されているのかと様々な場面を考えた時に、無理やり「ひろが」っていて「点から線」になっていると結び付けることはできるように思えた。しかし、それはこのコンセプトの本来の意図とは違っていて、「自然に結びついていた」という状態がこのコンセプトが指したかったところではないかなと思った。そのため、今自分が「ひろがり~点から線へ~」を達成できたのかというのは分からないが、もっと後になって振り返った時に「これって点から線になっていたのかもしれない」と思えれば、きっと達成と言って良いのだろう。そのような日が私にも来ればいいと思う。


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【2015/11/24 17:07】 | 活動報告
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