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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
現代心理学部1年 小林遼香

 あれから三年、まだ三年、もう三年……どの表現が正しいかいまだに分からない。しかし、確実に時間は経過している。今できること、今しかできないことを考える貴重な体験だった。
 震災当日、中学校の卒業式だった。卒業式を終え、友達と遊び普通に家に帰った。テレビをつけるとどうやら東北で地震があったらしいというところまで分かったが、関西に住んでいたせいか情報があまり入ってこなく、そこまで大規模ではないと思っていた。次の日、事の重大さを知り、いてもたってもいられず神社へ走ったのを覚えている。祈ることしかできない自分に無力感を覚えながら。東北に行きたい、ボランティアをしたいと思いながらも自分が行くことで果たして本当に役に立つのかと自分と葛藤していくうちに大学生になった。あのときの無力感を忘れられず、今しかないと思って東北に行くことを決めた。
 初日の東北の印象は、生まれて初めてきたからかもしれないがあれほどまでの地震があったとは思えなかった。だが車を走らせるうちに、よく目を凝らしていくと建物に地震の爪あとがいたるところにあった。被害の大きさがひしひしと伝わってきた。安波山に登り、気仙沼市を見渡すととても穏やかな海が私たちを待っていた。あの海が牙をむいた結果、ところどころに茶色の土が目立っていた。家や街が消えてしまったのだ。説明を受けなければ、元からこういう場所だと錯覚してしまいそうなほど綺麗に整備されていた。震災以前の写真と見比べて劇的に変化したことは頭で理解しているつもりだが、ここに大きな津波がきたなんて想像できなかった。津波がきた事実を知っている私でさえ想像できないのだから、震災当日誰しもが予想していなかっただろう。
また被災された方の話を直接聴く機会が何度か設けられたが、どうコメントを返していいか分からなかった。別に心に響くようなことを言おうとは思ってはいない。もし自分が被災者の立場で話をすることになったらと考えると、自分が頭に思い浮かべている言葉たちは全部ふさわしくないように感じてしまったからだ。この先、ふさわしい言葉に出会えるか分からないけれど逃げずにずっと探していくことが必要なのかもしれないと、東京に帰ってきて思った。東北と比べて東京は、建物は立ち並び、人がたくさんいる。もしかしたらこの中に三年前の東日本大震災を忘れている人もいるかもしれない。今、私にできることは東北で見て聴いたことを一人でも多くの人に伝えて、いつ起こるか分からない地震に備える準備を呼びかけることだと思った。これまで被災地、被災者という見方をしていたのが変化した今、自分にできることを精一杯していこうと思う。

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【2014/12/22 15:02】 | 活動報告
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