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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
Kesennuma_Denshokan

  8月21日、ツアー3日目は、初回参加者を中心に東日本大震災遺構・伝承館を訪れました。ここは、津波により甚大な被害を受けた気仙沼向洋高校旧校舎に、震災の爪痕をうつした写真の展示室や、震災当時の映像を上映するシアター等を設けた「震災伝承館」を加えた施設です。気仙沼向洋高校は震災後、仮設校舎を経て、新校舎を建設し、現在も別の地で教育活動を続けておりますが、旧校舎は震災の記録や教訓を後世に伝える役割を担うこの施設に生まれ変わりました。

  建物に入ると、まず特設展示のコーナーに復元された避難所があり、当時の様子を見ることができました(写真1)。段ボールの仕切りはとても低く、プライベートを守ることは到底できそうにありませんでした。津波の難を逃れても、こうした環境で何十日間も避難生活を余儀なくされたことを考えると、大変な苦労をされたのだと感じました。また、震災翌日に発行された三陸新報の記事も見ることができました。三陸新報は、気仙沼市、南三陸町を中心に発行されている新聞ですが、当時の新聞は混乱の最中であったため、普段の体裁とはほど遠く、A4の紙で「津波特別号」として発行されたものでした。被害状況が簡潔な単語を並べることで淡々と表現される中、最後に大きめの文字で「勇気を出してがんばろう」と書かれているのが印象的でした。このことばが被害に遭われた方々をきっと勇気づけたのだろうと思いました。

Shelter_Imitation
(写真1)当時の避難所の様子を再現したもの

  校舎内の遺構を見る前に、シアターで津波の映像を見ました。それは現実とは信じがたいものでした。まるでCG映像のように、何もかもが黒い波に飲み込まれていく様子に呆然としてしまいました。映像を撮影されている方は、必死に津波の様子を言葉にしようとしていたり、「ここも危ないかもしれない」と危機感を口にしたりしていました。また、その後ろで泣いている子どもの声やパニック状態に陥っている人の声など、様々な音も聞こえ、目で見る映像だけでなく、耳からも当時の状況を捉えることができました。

  シアターから校舎に入るまでの通路には、震災直後の町の様子を映した写真が飾られていました。どの写真も地上の壊滅的な被害の様子を映していましたが、中には空が真っ青に晴れ上がっている写真もあり、そのコントラストに心が傷みました。

  そして、校舎内に入ってみると、瓦礫が当時のまま残されていました(写真2)。震災から八年たって初めて被災地を訪れたため、瓦礫を実際に見るのは初めてで、津波が現実に起こったことなのだと改めて認識させられました。また、訪れた私たちも震災当時は小中学生として学校の校舎内にいたこともあり、学校には必ずあり、自分たちが使っていたのと同じような教科書や椅子がその瓦礫の中に埋もれ、散乱していたのを見ると、日常が簡単に崩されてしまうこと、他人事ではないということを感じました。その一方で、4階まで津波が来たという事実、街が一瞬で飲み込まれていったという事実、瓦礫だけが残ったという事実を表している目の前の光景を受け止めきれないという意見の学生もたくさんいました。

Tsunami_Damage_1
(写真2)散乱した教科書やプリント

Tsunami_Damage_2
(写真3)校舎3階に乗り上げた車

  ニュースでしか見たことがなく、そのときに見て感じた地震や津波に対する「こわいな」という感想さえも、8年経って頭の片隅に追いやっていた東京の学生に、伝承館は「東日本大震災」というものを、そして、その怖ろしさを、改めて認識させるものでした。伝承館の来場者数は2019年3月の開館から8月15日で5万人を突破しました。施設の方の話によると、県外から来てくださる方が大変多いそうです。「東日本大震災」を忘れることのないように、一度は訪れてみてほしい場所だと思います。

(文学科日本文学専修1年 西𦚰舞子)



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【2020/03/26 01:32】 | 未分類
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