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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ

陸前高田市の広田半島。その先端にあるのが、広田唯一の民宿志田です。ご主人の菅野修一さんは、漁師として、広田をはじめ大船渡の碁石海岸など周辺地域の先頭に立って、漁業の振興に携わっています。また、全国各地での漁業関係の会合に出席したり、政界への働きかけなども行なったりしています。

 

実はこれまで、唐桑ツアーで広田半島を訪れたことはありませんでした。今回のツアーの行程について話し合う中で、毎回訪れている場所には継続して訪問し、その上でこれまで訪れたことのない新しい場所に足を踏み入れてみたいという意見が出ました。そこで、地図を広げてみて、その地名しか把握していない広田半島に足を踏み入れることにしました。ただ、メンバーの誰も広田半島、民宿志田についての知識がなく、何も知らない状態で行くのはもったいないと思い、ツアー本番の1か月前に、メンバー数人で下見に行きました。初めて訪れて緊張気味であった自分たちを、志田の皆さんは温かく迎えてくれました。夕飯を食べながら、震災当時の状況や、復興工事の現状などを教えてくれて、翌朝には港に案内してもらい、水揚げの様子を見学しました。いま自分たちが立っている港が、震災後は水に浸り、復旧までかなりの時間を要したことなど、事細かに説明してもらいました。この下見での出来事や、実際に泊まって感じたことを、唐桑ツアーの参加メンバーにも共有して、少しでも宿のイメージを持ってもらった状態で行くことができました。また、下見の際に、広田半島でおすすめのスポットはないかと聞いてみたところ、「黒崎仙峡温泉」から観た景色がきれいだということを教えてもらいました。そこで、今回の唐桑ツアーで、希望者を連れて温泉に行くことにしました。

 

 温泉施設の中に入ると、地元の住人に加え、学生の集団もいて、にぎやかな雰囲気でした。最大の目的である景色を楽しみに湯船に入ると、残念ながら既に日は落ち、窓の外は真っ暗でした。次回夏のツアーで、あらためて訪れようと思います。

 

 宿に着くと、まるで実家に帰ってきたかのような、温かい雰囲気に包まれていました。荷物を置いて、大広間に向かうと、豪華な夕食が並んでいました。民宿志田の魅力は、なんといってもその食事です。その日に修一さんが獲りにいった新鮮な魚を、お客さんに提供してくれるのです。この日は、カニや刺身、わかめ、煮つけなど、豪華な料理が並びました。修一さんと、ここに長期滞在している工事関係者の方に剥き方を教えてもらいながら、ものすごい量のカニを食べました。その新鮮さのためか、魚そのものの味をしっかり楽しむことができる、とても美味しい夕飯でした。
Supper

夕飯に出た料理の数々


夕飯を食べ終えた後、修一さんと奥さん、またちょうど同じタイミングで宿泊していた、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんがいる食卓にお邪魔しました。安田さんは、民宿志田と深く親交があり、宿の玄関には、震災後の修一さんとお孫さんの物語を綴った安田さんの写真絵本『それでも、海へ 陸前高田に生きる』が置いてあります。それを読むと、修一さんの震災後の漁への葛藤と、漁師の家系に産まれたお孫さんの海や魚への思いが伝わってきます。


翌日も早朝に出航するにも関わらず、話が盛り上がり、23時過ぎまで話に付き合ってくれました。「網を仕掛けるだけだから翌日は4時に出発する」という言葉を耳にし、内心その船に乗ってみたいと思いました。その場では特に意思は伝えませんでしたが、このチャンスを逃さまいと、3時半に目覚まし時計をセットし、しっかり3時半に起きました。修一さんの姿を何とか探しだし、咄嗟に「船乗せてもらえませんか?」と聞くと、約束をしていなかったにも関わらず、「いいよ」と快く受け入れてもらいました。さらに、「寒いからあったかい恰好してけよ」と言われ、嬉しさが抑えられないまますぐに着替えて、同部屋の男子とともに2人で車に乗りこみ、港へ向かいました。


港は暗く、波音もほとんどせず、とても静かでした。出航すると、港で感じた海の穏やかさとは裏腹に、バランスをとるのも一苦労で、海に投げ出されるかと思うほどでした。仕掛けのポイントに到着し、網を仕掛ける様子を見学しました。想像していたより網は長く、仕掛け終えるまで数分かかりました。港までの帰りは、船上での自分たちの姿を見かねたのか、操舵室の中に入れてくれました。そこで、修一さんは震災時のご自身の体験を語ってくれました。


修一さんは震災発生時、家族の無事を確認してから、一人で港へ向かい、津波が押し寄せる中、沖に向かって船を出す「沖出し」をして、広田町根岬港で唯一自らの船を守りました。レーダーを指さしながら、当時どのあたりまで船を出したのか、またその時、この操舵室から見た海の様子などを話してくれました。窓の外には、陸から運ばれてきたがれきがあふれ、下から突き上げるような波に恐怖を感じたといいます。震災当時、修一さんが長い時間を過ごした同じ空間に入り、船の揺れを感じながら話を聞いたことで、その時の光景や孤独感を想像することができました。

 

民宿を出た後、昼前ごろに奥さんから電話がありました。もしかしたら忘れ物をしたのかなと思って電話に出ると、「今朝、仕掛けに行った網が今年一番の大漁で、100匹くらいのマスがかかった」と嬉しそうな声で教えてくれました。どうやらご主人が、早朝船に乗せた自分たち2人にそれを伝えたかったようです。何かを手伝ったわけではないですが、自分たちがこの大漁に貢献することができたかのように、とても嬉しくなりました。

 

今回、民宿志田に宿泊して体験したことや感じたことを、もっといろんな人に伝えて、魅力を広めたいと思います。この記事が、その一つになればいいなと思います。そして、またあの温かい宿に宿泊することを楽しみにしています。


The_second_Shida

根岬港に入ってくる、第二志田丸 (2月の下見の際に撮影)

 

(社会学部3年 渡辺健吾)

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【2019/06/05 00:00】 | 未分類
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