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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
ツアー最終⽇の午後、私たちはマルゴト陸前⾼⽥の古⾕恵⼀さんに陸前⾼⽥市を案内してもらいました。マルゴト陸前⾼⽥は、陸前⾼⽥の魅⼒を発信したり、震災の教訓などを伝えたりしています。古⾕さんは神奈川の出⾝で東⽇本⼤震災を実際に現地で体験したわけではありませんが、震災前から⼤学時代のアカペラのサークルで陸前⾼⽥を訪れていたことを活かし、陸前⾼⽥の今と過去と未来を伝えています。今回のツアーでは、奇跡の⼀本松、気仙中学校、今泉地区の⾼台、復興まちづくり情報館を案内していただきました。

最初に訪れた奇跡の⼀本松がある場所は、震災前は⾼⽥松原と言い、植えられたたくさんの松の緑が青々と生い茂っていました。震災でその松は流され、奇跡の⼀本松のみが残りました。私たちが⼀本松に行ったときは周辺で⼯事が⾏われていたため、近くで見ることはできませんでしたが、あの巨⼤な津波によって多くの松が流されるなか、唯⼀残った奇跡の⼀本松がまっすぐ空に向かって伸びている⼒強さを遠くからでも感じることができ、「奇跡の」と⾔われる所以を理解しました。

次に訪れた旧気仙中学校は海から近く、校舎全体を覆うほどの津波が来ました。地震が起き たとき、先⽣が海を見て津波が来ると感じ、咄嗟の判断で当初の避難場所よりも⾼台まで⽣ 徒・職員全員を避難させたことで、犠牲者を出していません。気仙中学校より海から離れた 場所にあるにもかかわらず、他の学校では犠牲者を出してしまったという話を聞き、常に最 悪の状況を考えて、迅速で適確な判断によって行動することが⼤切だと強く感じました。

その後、今泉地区の⾼台へ⾏きました。この⾼台は津波の被害を受けた⾼⽥地区、今泉北地区の低地に盛⼟をするため、ダイナマイトで⼭を破砕し、ベルトコンベアで⼟を運んだあとの場所です。⾼台からは、近くで⾒たら⼭のように⾒える重機、⼒強く伸びていた奇跡の⼀本松が⼩さく⾒えるほど、広い被災地が広がっていました。また、奇跡の⼀本松、気仙中学校だけでなく、ユースホステルや旧道の駅(タピック45)、定住促進住宅といった陸前⾼⽥市の震災遺構のすべて、そして最近できたばかりの道路を⾒渡すことができました。震災遺構は、震災やそれに伴う津波がとても恐ろしい被害をもたらしたことを、次の世代に教訓として伝えるために残している建物のことです。陸前⾼⽥市の震災遺構は、その場所で犠牲者がいないという基準で残されています。

最後に復興まちづくり情報館に訪れました。そこでは陸前⾼⽥市をあらわした模型がありました。その模型を⾒ながら古⾕さんが、市役所の新庁舎をどこに建てるかで意見が分かれているということを教えてくださいました。意⾒は、市役所を津波が到達した⾼⽥⼩跡地場所に建てるか、津波が届かないところに建てるかで⼆分しています。その割合はほぼ半分です。同じ陸前⾼⽥に住んでいる⼈でもこんなにも意⾒が真っ二つに分かれていることに⾮常に驚きました。⼈の気持ちはとても複雑で、⼀枚岩ではいかないことを実感しました。
imaizumi201903
    高台から見た今の陸前高田
imaizumi2014
   上と同じ場所の高台(2014年度の唐桑ツアー)
(法学部二年 本橋真美)

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【2019/06/19 00:00】 | 未分類
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