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立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
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2015年8月唐桑ツアー感想文

文学部文学科3年 藤原直貴

 今回で私が唐桑に訪れるのは5回目だった。4回は唐桑ツアーで、1回は個人的に旅行で行った。初めて唐桑に行ったのは去年の5月の唐桑ツアーの時なので約1年の間で結構な回数訪れていることになる。私は飽きっぽい性格だと思うし、みんなで一緒にどこかに行って現地の人と交流するというようなものは苦手なタイプなのだけれど、何故だか何度も唐桑に訪れている。唐桑に魅力があったのか、それとも唐桑ツアーに惹かれるものがあったのか、たぶんどちらも正解だと思うけれどこれまでのことを少し振り返ってみたいと思う。
 最初に唐桑ツアーに参加しようと思ったのは東北に実際に行ってみて自分の目で見てみたかったからだった。初めて行った2014年5月当時は震災から3年経ってはいたものの、その景色は私に震災の力強さを感じさせるのには十分なものだった。特に陸前高田の360度周りに何もない、けれど以前あった街の痕跡がいたるところにある景色には、そこで「何か」が起こったということを肌で感じさせられた。信じられないような景色でありながら、現実感も強いその景色は今振り返っても不思議な感じがする。3.11の時に東京で感じた揺れとその後自分の身の回りで起こった非日常的な出来事、テレビで見た震災直後の信じられないような光景とその後何日間も続いた震災のニュースの非日常感が、現地に行って実際にその地に立って見てみることで少し説得力を持って感じられるようになった気がした。自分がそれまで感じていた震災に対しての処理しきれていない感覚が現地に行って見て話を聞いたことで少し鮮明になり、そのことが信じられないような目の前の景色に現実感を持てた理由の1つではないかと思う。
 景色以外にも印象的だったものがある、それは唐桑ツアーで会う人である。会う人は大きく分けると、ツアー中に話を聞きに行く人、宿(つなかん)に泊まっている人、ツアーに一緒に行く人の3つのタイプに分けられると思う。話を聞かせてくれる人というのは、まとまった時間私たちに震災当時の話をしてくれる人のことだ。このツアーの中で話を聞かせてくれる人は当時の話に加えて今その人がどう生きているのかを感じさせてくれる人が多いと思う。そんな風に価値観を引っくり返す人生の転機になるような出来事に対する、人の想いを聞けるのは凄いことのように思う。その凄いことに思えることを自分たちがどのように受けとってどのように次に繋げるのかはまだわからないけれど。
 次のつなかんに泊まっている人というのは言葉の通り自分たちが泊まっている期間中に同じ宿に泊まっている人達のことで、夜になると話すことになることが多い。つなかんに泊まりに来る人達はボランティア関係で来ている人が多く、社会人の人が多い印象だ。そこで会う人は東京で普通に大学生活をしていてはなかなか会えないタイプの人が多い気がする。具体的には震災直後から唐桑に入って今も定期的に愛媛からトラックを運転してくる人や、学生時代ボランティアをしに来ていてその時出会った唐桑の人と結婚して今は関西で働いているけれど今後気仙沼に帰ってくると言っている人などと会った。共通点としてボランティアというものがあるけれど、その関わり方は人それぞれでこんなにも色々な生き方があるのかと話すたびに思う。東京の生活では就職活動をして就職して働き始めるという外面的な道筋ばかりしか見えてこない気がするので、こんな風に人が何を思って生きているのかを感じられる場は自分にとって貴重な気がした。
 3つ目のツアーに一緒に行く人というのはそのままの意味の唐桑ツアーに参加する人のことである。毎回引率の先生と院生の人が2人、公募での参加者が3人、ツアーの企画にも携わっているfrontiersのメンバーが7人くらいで現地に行かせてもらっている。ツアーのコンセプトも自分たちで考える。昨年度が「東北を身近に〜◯◯◯〜」、今年度が「ひろがり〜点から線へ〜」だった。どちらのコンセプトにも共通するのはあまり明確すぎる目標を立てず、参加者それぞれの感じ方を尊重する余地を残したいという考えがあるように思える。それなのでツアー自体もスケジュールを予定で埋めすぎず、自由な時間も多い。ふりかえりという形で思ったことをそれぞれが言い合う時間もとるが、その際も批判をしあったり正しさを無理に求めようとしたりはしないように思う。簡単に答えを出すのではなく少し立ち止まって自分で考えてみる、というのがこのツアーの特徴なのではないだろうか。ひとまず答えを出すことで進められること・できることの方が多いかもしれないけれど、立ち止まって疑ってみることで見えてくる・すくい取れるものも少しはあるのではないかと思う。
 今回のツアーでもこれまでに会ったことのない人ともたくさん会ったし、たくさん話を聞かせてもらった。新しく聞いた震災・震災後の話もあった。しかし1年前に行った時よりはツアーで行く場所も、聞く話も震災色は薄れていた気がした。でもそれは悪いことではないと思うし、現地の人との関係性という意味では1年前よりも深くなっていると思う。ただ復興支援団体が企画する現地に行くツアーとしてはその意味付け(位置付け)をすることが難しくなってきているのは確かだと思う。来年の3月で5周年となり1つの区切りを迎えると思うが、それから先この活動をどのように続けていけばいいのだろうか。震災について、復興支援についてだけではなく、自分たちのこれまでやってきた活動をどう位置付けて次の活動につなげていくのかについても考える必要があるように思う。


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【2015/11/24 17:09】 | 活動報告
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