立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
東北を身近に~なぜ東北に行くのか~

社会学部2年 山本武

 今回の唐桑ツアーでは前回より運営側として動いた。ツアー後、運営面として考えるべきことがたくさんあった。参加者の主体性を重視しようとしても事前に東北について情報の提供がないと自分たち運営側も含めて「ここに行きたいとか」、「あそこを見てみたい」なども考えることができないことを知った。そのため、今回は引率の先生や院生の方のおすすめにほぼ従う形でしか動けなかった。次回は自分たちの意向に合わせられるような準備ができたらと思う。
 個人的には、なぜ東北に来るのかをとても考えさせられた。今回初めて東北に行く人が多かったので津波の被害が見てわかりやすい場所に行くことがあった。私は何回か行ったことがあったのだが、正直、その光景を見ても驚かなくなっていた。前回も同じようなことを感じていたのだが、今回はずっと同じ場所を見続けてみた。そんなことをしていると自分はこの光景をみて何がしたいんだろう、自分はこの光景を何に利用するんだろうと思うようになった。それを見て「ふーん。」とか「なるほど。」のような感情しかわいてこないのだろうかと思った。たくさんの人が亡くなった町で自分はこんなことしか感じないのだろうかと思った。でも結局眺めていてもほぼ無感情だった。無感情というよりは自分が何を感じているのかわからないといった方が正しいだろう。ただ、それは私が何か感じるべきなんじゃないかという世間一般でいう「正しい」ことに圧迫され、自分の「間違ってる」感情をないものにしようとしていたからかもしれない。
 こういったことは実は日常的に起きている。何かについて判断したり、評価したりするときに私は多くの場合、自分がどう考えているか分からなくなる時がある。今回のツアーで、その出来事は自己犠牲的な世間の「正しさ」とエゴ的な自分の考え方との葛藤の間に起こることであるかもしれないと思った。私は今まで世間的な「正しさ」を自分にとっての「正しい」にしようとしてきた。要するに「いい」人でいたかったのだ。復興支援関係のサークルに入ろうと思ったのもそういう部分が大きい。だが、活動に参加するたびに「正しい」目的と自分の目的の違いを感じていた。私が東北に来ているのは支援をするためでなく、自分のために来ているという事をまざまざと感じさせられたのである。最近になって東北に自分のために来ていると自分の中で認識を持っていたつもりであったが、たぶん、認めたくない気持ちもまだ残っているのだろう。だから、考えるのを途中でやめてしまうのだと思う。常にその矛盾と向き合うことはできないと思うがずっと逃げ続けるのは自分のためによくないのかもしれない。ただ、この考え方についてもまだ自分の中で整理がついていない。
ただ、いろいろなものがわからない中でわかっていることがある。それはこういうもやもやした話を聞いてくれる人がとても大事であるという事だ。東北出会う人、サークルのメンバー、先生方、こういう人たちと自分の中のもやもやしたものについて話すことで自分をいったん整理したり、見直すことができる。今自分の中でわかっている、私が東北に行く理由はまさにそういった話ができるからだと思う。それは自分の東北に関する考え方だけではなく、自分の生き方に対しても大きな影響を持っているのだろう。これからも東北に行ってみたい。

スポンサーサイト

【2014/12/22 15:05】 | 活動報告
トラックバック(0) |
東北を身近に~ツアーの意味として~

社会学部2年 西内健人

 今回の唐桑ツアーは個人的に3回目の参加となった。初回、第2回目に参加した際は、必ず前日までに個人的な目標や指針を心に決めてから参加をしていた。唐桑ツアー以外にも東北へは東日本大震災以後何度か足を運び“被災地の今”を実際に目の当たりにしてきた。その都度に行く前には個人的な目標や指針を決めていた。しかし今回の唐桑ツアーに参加するにあたっては、何か心に決めてから、という精神的な準備はできずじまいであった。結果としてあえて準備をしないでツアーに臨んだことによっていつもとは違った東北が見えた気がする。
 唐桑ツアーの位置づけとしては、「被災地を知る」といったものや「東北を身近に感じる」といったニュアンスのものであるので、初心者向けといっても差支えは生じないであろう。初参加の人々と比べると、その場所に対しての知識背景などは、いく段か差が生じてしまうのは止むを得ないであろう。そこで私は、東北に慣れ始めた人にとってのツアーに参加する意味を考察してみたい。
 前述したように、今回は何か精神的な準備をするといったことをしないでツアーに参加した。補足として、今回からは運営にも携わせていただいているが、それは個人的な目標や指針には含めないものとしたい。流石に3回目ともなると、高田松原の道の駅や、雇用促進住宅などの震災遺構を目にすることに対してのショックは薄れてきてしまっていた。ツアーは、被災者の方々との交流も然ることながら、被災地を見て回る(巡礼のようなもの)を中心として設計されているので、この点においては参加する意味がないとは言えないものの、ツアーを充実したものにできるとは言い難いのではないだろうか。
 もちろん、ツアーは被災地を見て回るだけで終わってしまうわけではなく、つながりを築いてきた方々との交流が寧ろメインである。複数回目の参加者にとってはこちらに参加の意味を探すことになろう。たとえば唐桑ツアーでは2度目の交流となったYさんとの交流を例に見てみよう。Yさんは東日本大震災以前に陸前高田市市街でパッケージプラザを営んでいたが、震災により店を営業できる状態ではなくなり、現在はつどいの丘商店街にて仮設店舗を営んでいる。そんなYさんとは、私が4月にコミュニティ福祉学部の陸前高田プログラムに参加した時にお会いしてそれ以来の付き合いになっている。今回のツアーに際してのアポイントメントも私がとった。Yさんは津波から奇跡的に助かった人で、各マスメディアからも度々取材を受けているような方であるが、震災から3年半以上たった今でも変わらずに震災、殊において津波とのトラウマと闘い続けている。Yさんの現在の生きる糧となっているのは家族、奥さんと娘さんであり、今まで2回お会いさせていただいた中で2回とも奥さんと娘さんのことは話にでていた。そして今回、現在のYさんの店舗にて、初めて奥さん、娘さんとお会いすることができた。娘さんは震災のちょうど1ヶ月前に誕生したばかりなのでまだ3歳と数ヶ月である。そんな娘さんと対峙しているときのYさんの表情が大きく印象に残った。私がYさんに会うのはまだ3回目であったが、初めて見る表情であって、今回のツアーでの意味はそこにあるのではないかと感じた。
 今回は私の体験をもとに考察してみたが、いくらかの人にとっては複数回の参加はあまり意味のあるものであるとは言えないかもしれない。わたしにとっても今回のような体験が何度も何度もあるとは言い切れないだろう。結論を出すのは個人の感情にゆだねられてしまうので非常に困難である。複数回参加者のための施策を今後検討していけたらと思う。


【2014/12/22 15:04】 | 未分類
トラックバック(0) |
唐桑ツアー感想文 〜東北を身近に 2回目〜

文学部2年 藤原直貴
 
 私は東北に行くのが今回の唐桑ツアーで2回目でした。初めて東北に行ったのが今年の5月の唐桑ツアーでした。今振り返ると、前回の唐桑ツアーでは東日本大震災で大きな被害を受けた場所に初めて行ったこと、それも大震災の被害についてほとんど知識が無い状態で行ったこともあり、自分にはとても衝撃的な体験でした。それ以外にも現地で被害を受けた人やボランティアに来ている人達の話を聞かせてもらったことで、震災について、ボランティアについて深く考える刺激を受けた気がしました。そして東京に戻ってからはツアーに行ったメンバーで感じたことを共有する、振り返りの集まりを数回開きました。私が感じたことを簡単に言えば、「衝撃を受けた、この気持ちをなんとかして行動に移さなくては…」という感情先行なものなのに対して、東北に2回以上行っている人達の意見は自分と東北について真剣に、客観的に向き合っていると感じられるものが多い気がしました。特に「東北に行っても感じられることが少なくなった、何も感じない自分がいる。」「自分が何をするべきなのか、何がしたいのかが分からない。」などの意見は東北に行って衝撃を受けて帰ってきた自分には想像がつかず、同じ場所に行きながらこんなにも感じ方が違うのかと深く印象に残りました。
 しかし3ヶ月くらい経つと、ただ単に熱が冷め記憶が薄れてしまっただけかもしれませんが以前よりも少し冷静になって5月のツアーを振り返られるようになった気がしました。5月のツアーで自分は本当に衝撃を受けていたのか、元々凄い場所に行くと知っていた上で行ったので衝撃を受けた気になっていただけなのではないか、など自分の感じたことに疑問を持つようになりました。そんな中で2回目の唐桑ツアー行きが決まりました。それなので今回のツアーの個人的な目標は現地での感じ方は前回と違ってくるのか、自分は前回本当に衝撃を受けていたのかを確認することでした。
 ツアーの1日目に陸前高田に行きました。陸前高田は前回も行きましたが、今回は前回よりも衝撃度は下がり現実味がないように感じた気がしました。その日の夜は現地の人にお話を聞かせていただき、その時に震災直後の映像を集めたものを見させてもらいました。その映像はどれも一般人が撮ったものでアングルがその人と同じだったり、声が入っていたりしてリアリティがあって震災の恐ろしさを感じられた気がしました。その後私ともう一人の参加者は普段その方が住んでいる仮設住宅に泊まらせていただきました。仮設住宅は壁が薄いそうなのですがその時は9月の中旬だったので寒さは感じませんでした。しかし、その時その方がおっしゃっていた「ここに住んでいる人達はみんな息を潜めながら生活しているんだ。」という言葉は気持ちが入っているようで印象に残っています。2日目には泊まった宿の方にお話を聞かせていただきました。前回もその方にはお話をしていただいたのですが、今回もその方の話を聞いていると前回と同じように人間の生きる力の力強さを感じた気がしました。
 前回の唐桑ツアー後には理解できなかった「何も感じない」という感じ方を今回の唐桑ツアーで感じたような気もしますが、それは自分から自然に出てきた感じ方ではなく他の人の自分にとって印象的だった感じ方を先入観的に取り込んで後付けで作り出したものの様にも思います。真に自然発生の感情など無い、自然発生だろうが後付けだろうがどちらも大した問題ではない、とも思いますが今は何故かこのことが気になるのです。自分が何を感じているのかさえ分からないというのが被災地に対する今の自分が感じていることに近いかなと思います。しかし、こんな風に自分と震災に向き合えること、震災で物理的にも精神的にも大きな被害を受けながらも前を向いて生きていこうとする人の力強さを感じられること、色んな人と出会ったり話したり出来ること、はこのツアーが持っている大きな魅力であることに間違いはないかなとも思います。


【2014/12/22 15:03】 | 活動報告
トラックバック(0) |
東北を身近に~震災から3年を経て~

社会学部3年 大橋啓吾
 
私は今回の唐桑ツアーを通して様々なことを学びました。震災が起きた2011年3月11日から被災地を訪れていなかったため、なんとなく自分の中では今更感を持っていました。しかし、実際にその土地を訪れてみると、そこには自分の今までの考えを覆してくれるような光景や出会いがありました。今回のツアーは今まで自分がとらわれてきたものはただの自分の予想であり、現実を見ることがどういうことなのかを教えてくれる良い機会になりました。東日本大震災から3年という期間は私の中での被災地という意識を薄れさせ、日々起きている様々な事件や事故が記憶に上書きされるのに十分な期間でした。違う場所にいながらも情報を共有できる現代は、様々な不幸なニュースが飛び交っています。そうした中で、未曽有の大災害といわれる東日本大震災までもが、震災の起きたその日以外は取り上げられない状況になってきたのが現実です。しかし、今回の唐桑ツアーを経て、震災が今このときも続いているということを知りました。
 私はゼミで唐桑を訪れるときに参加できなかったため、今回の唐桑ツアーに参加しました。私の目的はインタビューであり、そのことに気を割いていたため、それ以外のことはあまり準備をせずに被災地を訪れました。そもそも、メディアから情報を得ていたため、ある程度の心構えは持って被災地を訪れたつもりでした。しかし、そうした心構えは簡単に覆されてしまいました。まず、気仙沼の漁港を訪れた私たちの目の前に広がっていたのは、今もなお残り続けている津波の傷跡でした。海の近辺の土地には家がほとんどなく、家の基礎だけがむき出しの状態で点在していました。そこで私は、震災から「もう」3年なのではなく「まだ」3年しか経っていないのだと感じました。気仙沼市街を見渡すことのできる安波山という山に登ってみると、そこからは多くの震災の傷跡が見て取れました。観光地として有名な気仙沼市街でさえもあまり復興していない現状は、私に多くの衝撃とここにきたことの意味を与えてくれました。気仙沼市の後に訪れた岩手県の陸前高田も震災前の光景とは全く違う光景が広がっていました。陸前高田でなにより驚いたのが、道の駅を訪れたときでした。道の駅は、観光者や地元の人で賑わう活気のある場所というイメージを私は持っていたのですが、目の前に現れた道の駅は津波ですべてを流されてしまい廃墟と化した道の駅でした。そこには本来あるべき姿の道の駅は見て取れず、送られてきた千羽鶴や震災についてのインフォメーションコーナーなど、震災を象徴する建物のひとつとして存在していました。今まで見てきた映像や写真でははかり知ることのできない震災の恐ろしさを、そうした実際の姿から初めて知ることができたと私は感じています。
 私たちがツアーの間に泊まった宿のある唐桑では、多くの人に触れ、お話をする機会を得ることができました。まず、私たちが宿泊した「つなかん」という宿では、Iさんをはじめとする多くの魅力的な人たちが出迎えてくださいました。Iさんは震災でカキの養殖所など多くの財産を失い、様々なものを抱えているにもかかわらず、私たちよりもパワフルで明るい人でした。そして、なにより驚いたのが、Iさんの「震災ありがとう」という言葉でした。未曾有の大災害を経験し、様々なものを流され、失ってしまったにもかかわらず、感謝を言うことなど、自分には絶対にできないと思います。震災から大切なことを学ぶことができたというIさんのお話から、私も多くのことを学び、感じることができました。唐桑の人たちは、私たちに震災の多くを教えてくれると同時に、首都圏に住んでいてはあまり感じることのできないような人々のつながりの大切さや優しさを教えてくれました。私のインタビューのアポを取ってくださったBさんも、震災から多くのものを私たちのような学生に学び取ってほしいといってくださり、震災のことについてお話をしてくださいました。仮設に住み、いまだに震災の被害を受けている中で、私たちのような学生に貴重な話をしてくださり、唐桑の人々とのかけはしになってくれているBさんは本当にすごい人だと感じました。それと同時に、学生の訪れることのできる「カエル塾」をやっているのは自分のためでもあるのかもしれないというBさんの言葉から、仮設住宅の孤独感や寂しさなどを感じました。
 私が唐桑を訪れる理由となったインタビューでは、Hさん夫妻にお話を伺うことができました。夫のH・Tさんは、いち早く防災集団移転で高台に移り住むことを決めた人で、とても優秀な方でした。初め緊張していた私にも、緊張することはないといってくださり、様々なことを教えてくれました。震災当時は唐桑から離れようと思ったことや地域の人々のつながりが自分を動かす原動力になったことなどHさん自身の震災経験をお話ししてくださいました。そうしたインタビューの中、「震災前も後も変わらない。昔から人の面倒を見るのが好きだったし、それが自分のためでもある。」という言葉を聞き、移転の音頭を取り、唐桑町舞根の人々をまとめたHさんの人柄の良さに感銘を受けました。私はこのインタビューをすることができて本当に幸福だったと感じています。東京にいては知ることのできないことや感じることのできないことなど、私の考えを大きく動かしてくれるような経験をすることができました。それと同時に、今まで被災地を訪れることに不安や今更感を持っていた自分が馬鹿らしく思えました。
 今回の唐桑ツアーは私にとって大きな意味を持つものになったと感じています。今までメディアを通してしか見ることのできなかったものやそこにいる人々の声など、不純物を交えないまたはきれいすぎないものの大切さを学ぶことができました。震災からまだ3年しか経っていないという現状を様々な人が知り、観光でもなんでも被災地を訪れる人が増えてくれれば思います。そのためにも私たちがそこにある様々な魅力を伝えていくべきなのだと今回のツアーを通して感じることができました。


【2014/12/22 15:03】 | 活動報告
トラックバック(0) |
現代心理学部1年 小林遼香

 あれから三年、まだ三年、もう三年……どの表現が正しいかいまだに分からない。しかし、確実に時間は経過している。今できること、今しかできないことを考える貴重な体験だった。
 震災当日、中学校の卒業式だった。卒業式を終え、友達と遊び普通に家に帰った。テレビをつけるとどうやら東北で地震があったらしいというところまで分かったが、関西に住んでいたせいか情報があまり入ってこなく、そこまで大規模ではないと思っていた。次の日、事の重大さを知り、いてもたってもいられず神社へ走ったのを覚えている。祈ることしかできない自分に無力感を覚えながら。東北に行きたい、ボランティアをしたいと思いながらも自分が行くことで果たして本当に役に立つのかと自分と葛藤していくうちに大学生になった。あのときの無力感を忘れられず、今しかないと思って東北に行くことを決めた。
 初日の東北の印象は、生まれて初めてきたからかもしれないがあれほどまでの地震があったとは思えなかった。だが車を走らせるうちに、よく目を凝らしていくと建物に地震の爪あとがいたるところにあった。被害の大きさがひしひしと伝わってきた。安波山に登り、気仙沼市を見渡すととても穏やかな海が私たちを待っていた。あの海が牙をむいた結果、ところどころに茶色の土が目立っていた。家や街が消えてしまったのだ。説明を受けなければ、元からこういう場所だと錯覚してしまいそうなほど綺麗に整備されていた。震災以前の写真と見比べて劇的に変化したことは頭で理解しているつもりだが、ここに大きな津波がきたなんて想像できなかった。津波がきた事実を知っている私でさえ想像できないのだから、震災当日誰しもが予想していなかっただろう。
また被災された方の話を直接聴く機会が何度か設けられたが、どうコメントを返していいか分からなかった。別に心に響くようなことを言おうとは思ってはいない。もし自分が被災者の立場で話をすることになったらと考えると、自分が頭に思い浮かべている言葉たちは全部ふさわしくないように感じてしまったからだ。この先、ふさわしい言葉に出会えるか分からないけれど逃げずにずっと探していくことが必要なのかもしれないと、東京に帰ってきて思った。東北と比べて東京は、建物は立ち並び、人がたくさんいる。もしかしたらこの中に三年前の東日本大震災を忘れている人もいるかもしれない。今、私にできることは東北で見て聴いたことを一人でも多くの人に伝えて、いつ起こるか分からない地震に備える準備を呼びかけることだと思った。これまで被災地、被災者という見方をしていたのが変化した今、自分にできることを精一杯していこうと思う。


【2014/12/22 15:02】 | 活動報告
トラックバック(0) |
東北を身近に~そして、繋がり続けたい~

立教大学4年 松島史歩

私は今回、震災後初めて東北を訪れました。3年半ほとんど何も関わってこなかったことへの罪悪感と、自分の目で見なければ今後震災とは向き合えないのではないか…そんな思いの中、このツアーのことを知りました。自分に何が出来るんだろうと戸惑っていた私にとって、ボランティアという形ではなく、「東北を身近に」というテーマのもと、現地へ行って様々な方と話すという唐桑ツアーの趣旨は非常に合っていると感じ、参加を決めました。
東北での実際の様子は、私が見ていた震災の写真や映像とは異なるものでした。最も印象に残ったのは、陸前高田の一面更地で工事現場になっている様子でした。「何もない…」そう感じてしまうほど、多くの、多すぎるものが津波に流されてしまったのだと感じました。震災後残ったビルの上から見た一面の更地、そしてそのすべてが波で覆われていたのを想像すると体が凍るような恐怖を感じました。唐桑をはじめとする気仙沼、陸前高田での光景はひとつひとつが鮮明に強烈に自分の頭に残っています。実際に見たからこそ感じられるものがあると思いました。
そして今回、自分一人では絶対会えなかったような方々との出会いがありました。つなかんの一代さん、そこで働く方々、米沢さん、馬場さん。私が想像も出来ないくらい辛い経験をなさりながら、それを私たちに伝えてくださることに、感謝と尊敬を強く感じました。このような方々がいてくださるからこそ、震災について知ることができ、東北を訪れることが出来るのだと感じました。まず、本当にありがとうございましたと伝えたいです。
東北から帰ってきて早いことに一か月が経ちました。今振り返りながら思うのは、震災と向き合おうとしているこの気持ちが薄れてしまうのが怖い、ということです。2日目、米沢さんのビルに上った夜は、津波の夢を見ました。帰ってきたその日は、一日中東北のことが頭から離れませんでした。ですが、一か月たってその時の気持ちを思い出す時間が少しずつ少なくなっているのを感じます。それが自分にとっても恐怖です。 「ただ東北に行った 」3日間になるのが…。そんな中、「何のために東北に行ったのか」。これを帰ってきてからずっと考えています。自分が行きたいから行っただけで、東北の方々に何か助けになっているわけではない、今回私が行ったのは何のためなんだろう?…そんな考えが頭をぐるぐる回っています。ですが、また行きたい、今後も関わりたいという気持ちを持てたことは確かで、大切にしていきたいと思いました。被災者の方もそれぞれの思いを抱いているのだから、私達にもそれぞれの思い、受け取り方があってよいのだと感じます。自分があの時感じた事を今後に繋げていくことが今の私の目標です。
この3日間は私にとって非日常でした。でも、それがいつ自分たちに降りかかってくるかはわかりません。非日常ではなく、自分たちもそうなる可能性を考えなければいけないと思います。そうしなければ、苦しい思いをしながらも震災のことを伝えてくれた方々の思いを無駄にしてしまうのではないかと思うのです。今回は、東北のみなさんから多くを勉強させて頂いたと思っています。それだけで終わるのではなく、自分も何か東北の助けになりたいと考えています。今後も繋がり続けていくこと、これが私の目標であり願いです。


【2014/12/22 15:01】 | 活動報告
トラックバック(0) |
9月唐桑ツアー報告書

社会学部1年 高橋佑芙花

私は今回、震災後の東北に初めて訪れました。初めてということで、「東北を身近に」というツアー全体のテーマの他に、個人的には「肌で感じる」というテーマを、なんとなく設定していました。東北に対して何かボランティア活動をしたいという気持ち以前に、今の東北の様子を、自分の目で見て、肌で感じたいと思ったこと、これが今回のツアーに参加したひとつのきっかけでもあります。
唐桑や気仙沼など様々な場所や施設を見てまわりましたが、特に陸前高田の街の様子が印象に残っています。震災から3年半経っても津波の被害の大きさを生々しく感じ取ることのできる場所だと思います。がれきが撤去されてかさ上げが行われている、静かな何もない原っぱのような街を実際に目の前にすると、どう反応したらいいか分からなくなりました。震災前の街を知らない自分が、「ショック」と口にするのは軽々しい、簡単すぎる気がして冷静に受け止めている反面、自分の住む街だったら…こんなに冷静でいて良いのか… 感じ方に正しい、間違いは無いと思いながらも色々な感情が複雑に入り混じりました。また、静かな街に、かさ上げ工事を行うトラックやベルトコンベアの動く音が絶えず響いているのも印象的でした。その響き渡る音を聞いて、まだまだ復興の途中であること、そして元の元気な街に戻るまでの道のりはまだまだ長いことを改めて知らされたような気分でした。
ツアー中には、このように自分の目で観察するだけでなく、現地の様々な方のお話を伺うこともできました。これはとても貴重な経験だったと思います。メディアでは報道されないような衝撃的なお話を聞き、ただ唖然とするばかりだった一方で、ひとりひとりの震災への思いや人間の強さ、温かさを感じることもできました。また、「被災された方」というより、「1人の人間」として向き合ってお話を伺えたような気がして、本当に良い経験になりました。そしてお話を伺う中で、たくさんの心に残る言葉やパワーを頂きました。こういった素敵な方々と、このツアーを通じて出会えたことに本当に感謝しています。
今回のツアーでは、自分で設定していたテーマの通り、東北に実際に行ってみないと感じられないものを、様々な側面から、まさに「肌で感じる」ことができたと思っています。それから、被災された方々も、東北を訪れた私たちメンバーも、それぞれ皆違った震災の捉え方、感じ方があることを実感しました。そういった点でもとても良い経験になったと思います。震災から3年半という月日が経って、私達にできることは何なのか、というのもとても難しい問題になってきていると思いますが、今回の出会いを大切にし、これからの東北の復興を見守っていきたいです。そしてまたぜひ東北を訪れて、今回とはまた違ったものを感じてみたいです。


【2014/12/22 15:01】 | 活動報告
トラックバック(0) |
さんさん冬祭り お手伝い募集!!

Joy study projectは今年で3回目となる「さんさん冬祭り」を行います!!
お祭りの運営のお手伝い(フード販売、地元の方との交流など)をしてくださる方を募集しています。是非、ご応募ください。また、普段はサロン活動も行っています。こちらの参加者も募集中です。

■日程
○参加者説明会:2015年1月8日(木) 昼休み
場所→復興支援交流スペース(池袋キャンパス5号館1階)
○準備日程:2015年2月18日(水)~21日(土)
場所→【2月18日~20日】復興支援交流スペース(池袋キャンパス5号館1階)
【2月21日】都営百人町アパート(高田馬場駅徒歩15分)
○当日:2015年2月22日(日)
場所→都営百人町アパート(高田馬場駅徒歩15分)
※冬祭り前日の21日と当日22日は、是非参加して頂きたいです!

■募集人数:多数

■費用:無料

■条件:どなたでも

■申込締切:2015年1月11日(日)
氏名・学年・学科・連絡先・参加可能日時・ボランティア保険加入有無(加入していない方は、住所、電話番号)を記入のうえ、下記アドレスまでご連絡ください。ご質問などもこちらにお願いいたします。

■問い合わせ:新座キャンパス Mail: shinjuku.rikkyo@gmail.com(立教大学 東日本大震災復興支援プロジェクト学生支援局 Three-S )
池袋キャンパス Mail:frontiers.rdy@gmail.com/Twitter :
@RIKKYOfrontiers(立教大学東日本大震災復興支援団体Frontiers)

■主催:Joy study project

(Joy study projectについて)
「Joy study project」は、東日本大震災の復興支援の一環として、新宿区内に居住されている東北からの避難者の方々のサポートを目的として結成された、立教大学をはじめとする近隣大学の学生のボランティアネットワークです。現在は、百人町アパートを中心とした地域コミュニティ活性化に重点を置きながら、地域住民の皆様や連絡会と連携して活動しています。毎月第2土曜日にアパートの集会室をお借りしてサロン活動「さんさん広場」を開催しています。


【2014/12/22 14:51】 | 募集
トラックバック(0) |