立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
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今回は、おべんとうカフェについてのお知らせです。

東日本大震災から3年半が経ち、復興支援に携わっている人も、興味がある人も多いと思います。
私達も含め全員に東北をより身近に感じてもらいたい、そして復興支援に興味のある人同士でもっと交流を持てれば、ということで、気軽におしゃべりできる機会を設けました。
復興支援に関わっている人も何かしらやってみたい人も、Frontiersのメンバーや、他の参加者の方々とお話をしてみませんか?
ぜひお昼ご飯をご持参の上で池袋キャンパス5号館 復興支援交流スペースにお越しください!

日時: 日ごとにテーマを設定して、活動の紹介をします。
 10月1日(水) Joy Study Project(避難者支援活動)など
 10月2日(木) 気仙沼市唐桑ツアー(東北での活動)など
 10月3日(金) 1日目・2日目両方の内容
いずれも お昼休み12:15-13:15

場所:立教大学池袋キャンパス5号館1階 復興支援交流スペース

お問い合わせ:
東日本復興支援団体 Frontiers
frontiers.rdy@gmail.com

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【2014/09/25 17:12】 | イベント
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 経営学部3年 渡辺 鴻樹

 私が唐桑に行くのは今回で5回目になります。私が初めに唐桑に行ったのは1年前の春休み、この唐桑ツアーの下見のためでした。それから、1年が経ちました。町の景色も変わり、自分たちと唐桑の人たちとの関係性も徐々に変わってきたように思います。そして、私自身も変わりました。今回のツアーは、私にとって、そのようないろいろな変化を感じさせてくれるものだったように思います。
 1つ目にあげさせていただきたいのが町の変化です。今回のツアーでも、私たちは陸前高田市、気仙沼市を回らせていただきました。私は、12月にもその2つの地域を回らせていただいたのですが、その時から5か月。とても大きく変化していました。気仙沼市は、共徳丸も撤去され、新しい道路、新しい建物が作られていました。陸前高田市も、巨大なベルトコンベアが作られ、かさ上げ工事が行われています。個人的には、この5か月の変化が一番大きかったように感じます。この変化がどのような意味を持つのか私には分かりません。ただ、それでも何かが進んでいるのだということは分かりました。
 2つ目にあげさせていただきたいのが唐桑の方々との関係の変化です。これについては、昨年度1年間悩み続けてきたところではあります。回数も少なく、短い時間の滞在でどのようにしてそれぞれが良い関係となることができるか。模索する中での今回のツアーでした。結果、個人的には今回のツアーは成功だったのではないかと感じています。ただお話をする、聴くという関係ではなく、互いに会話をする。そのような関係ができ始めていたように感じます。その中で、それぞれが自分の中で悩み考えていたと思います。そういう変化を感じるのも、今までのツアーと比べると多かったように感じます。
 3つ目に、自分の変化をあげさせていただきたいと思います。私も、この1年間で良くも悪くも変わったように思います。今回のツアーで一つ顕著に変化していて、個人的に良い気持ちがしない変化があります。それは、感覚のマヒです。今までは、津波の爪痕をみると何か大きな衝撃をうける感覚がいつもありました。ぶつけようのない怒りみたいなものを感じて、なにかを蹴ってしまいたい、そのような感覚です。しかし、今回はそれをまったく感じませんでした。自分でもその理由は分かりません。それが気持ち悪くてしょうがなかったです。逆に、良い変化もありました。私自身、やっと今回のツアーで唐桑の人たちと関係ができ始めたように感じます。また、唐桑に行けば、おかえりと迎えてくれる人がいる。個人的にでもまた行きたいと思います。
 今回のツアーに行って、分かったこともありましたが、それ以上に分からないこともたくさんできました。それは、また時間をかけて自分の中で悩んでいきたいと思います。ただ、今年で3年生になり、ある程度自分の中で答えを出さなければならないということも感じています。自分の中で、悩んで。いろんな人と共有して。また今度唐桑に行くときは、今回お世話になった人たちに自信をもって自分の意見を話せるようにしたいと思います。最後に、お世話になった東北の方々、先生方、院生の方々、学部生に感謝申し上げたいと思います。ありがとうございます。


【2014/09/25 16:57】 | 活動報告
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コミュニティ福祉学部3年 丸山 潤也

 2014年度5月の唐桑ツアーのFrontiresとしてのコンセプトは「東北を身近に」であり、自分自身としては昨年12月以来の2回目の唐桑で、前回とはまた違った唐桑の一面や、新たな出会いのような違いに注目しつつツアーに臨んだ。
 1日目、一ノ関駅周辺にあるとんかつ屋で昼食をとったときに隣の席の男性の方が気仙沼大島で養殖を営んでいるかたで、その人はとんかつを口にしながら震災直後から現在までのことや、家族のこと、養殖についてのお話を短い時間ながら話してくれた。また、大船渡線を経て気仙沼駅からレンタカーの営業所までタクシーを使ったのだが、自分が乗車したタクシーの運転手が語り部のかたで震災当時や津波の様子を資料付きで運転しながら話してくれた。2人の方はお話を聞く約束をしたのではなく、偶然出会った方であるが、今あらためて考えてみると、偶然ではなく何かの運命に引き寄せられたのではないかと感じている。陸前高田での八木沢商店の皆さんやつなかんの方々、つなかんで偶然であった愛媛からのボランティアの方やFさんをはじめとするアーティストの方と同じ空間で一時を過ごせたのは貴重な経験となりました。ただし、つなかんの女将さんの話を最後まで聞くことができなかったのは後悔しています。2日目は、人数の関係上、大震災を経験された方のお話を聞くグループではなく、唐桑の理解を深めるための自由行動のグループの一員として行動した。自由行動といっても観光ではなく、津波体験館や津波石などの大震災による大津波の被害の状況や現状を理解することや気仙沼の復興状況や復興商店街に立ち寄り、売店の店員をはじめとする現地の方との交流のための時間であった。津波体験館では、震災時の津波の様子や過去に気仙沼を襲った津波の経験が凝縮されており、常に、気仙沼の人々は津波の危機と隣り合わせの生活を送っていること、過去の教訓がどう活かされたのか、また、今後どうすべきかを考える機会になったと同時に、海は気仙沼の人々に豊富な海産物をもたらしていることも学んだ。津波体験館の後、車内からたまたま目に留まった、野菜等の直売所のからくわ夕市によることにした。そこでは、野菜を作っている農家の方と野菜の話を中心にお話することができた。ある方の作った切り干し大根を試食したところ今まで食べたことのないような絶妙な味加減でおいしかったため、その場で切り干し大根を購入してしまいました。また、メリーカラクワスでお世話になったからくわ丸学生部隊の方にも偶然お会いすることができ、12月の経験が活かされた一瞬だったと思う。最後に小倉先生に同行しからくわ丸の本部を訪問した、目的は先生の担当する講義の報告書の贈呈であったが、からくわ丸の方々とほんの少しであったが交流ができた。今回は、誰か個人のお話を聞くことはできなかったが偶然の出会いや以前お世話になった方に会えることができ、前回と違った交流ができたと思う。気仙沼の復興は進みつつあり、気仙沼漁港は活気があったが、まだまだ完全復興への道のりは長いものだと思われる。次回も予定が合えば唐桑に行きたいと思う。こんかいもつなかんでの料理はおいしく牡蠣もたくさんごちそうになりました。


【2014/09/25 16:55】 | 活動報告
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文学部2年 小田嶋 景子

 私は昨年の夏、仙台、松島へ旅行に行った。それが初めての東北だったのだが、仙台や松島は観光地だからということもあるのか、震災の影響がわかりやすく残っているということはなかった。しかし、海岸沿いのお店がみな新しくきれいな建物になっているのが少し異様に感じられた。そんな思い出から、私の東北に対するイメージは人が生活するうえで必要な直すべきものは直っていて、写真や記念碑などで震災の記憶を残している状態であると思っていた。
 そのため、今回の唐桑ツアーは驚きが大きかった。壊れた防潮堤など津波の爪痕が生々しく残っている場所や、陸前高田のように何もなくただ地面が広がっている場所を見て、自分のイメージがいかに間違っていたかを思い知った。特に陸前高田は、がれきなどはすでに片付けられていたこともあり、最初は、ここはもとから何もない場所であったかのように思われ、以前は人が住んでいたということが想像できなかった。私がこの場所に町があったということを実感したのは少しだけ残っていた整備された歩道を見た時だ。私が住む町と同じような歩道がここにもあるというのを見た時、はっとした。ここは特別な場所ではなく、私たちのまわりとなんら変わらない場所だったのだと思った。そして同時に、もし私の大好きな町が同じように災害に遭い、全てが壊れてしまったら、と思い涙が出そうになった。この感情は実際に行ってその場を見たからこそわいてきたのだと思う。また、様々な人に出会うこともできた。現地の方々だけでなく支援に来ている方ともお話しする機会があった。私は人と目を合わせて話すのが苦手なのだが、皆さんと話すときは不思議と目をそらさずに聞くことができた。引き込まれるような感じがして、目をそらすことができなかった。後から考えると、それは皆さんの温かさが理由ではないかと思う。強力なパワーというより、受けとめられるような感じと表現したほうがしっくりくるようなものだった。そんな経験は初めてだったのでとても印象に残っている。
 今回のツアーでは、実際に自分の目で見たり、お話を伺ったりして自分の想像の甘さにショックを受けることも多かった。しかし、今回のツアー全体のイメージはとても心温まるものだった。出会った方々の顔を思い浮かべると皆さん笑顔なのだ。今までに無いようなつらい経験をして、自分のことで精一杯でもおかしくないはずなのに私たちのことを歓迎して下さる。簡単な表現だがすごいなと思った。そしてとてもうれしかったし、また行きたいと思った。深く考えずにツアーに参加したのだったが、たくさんの出会いや自分が考えるきっかけを与えてもらった。今後もまた唐桑に行きたいと思っているが、二回目以降に行って感じることは変わってくると思う。またそこから新たに考えること、考えるべきことが出てくるだろう。もう唐桑は見知らぬどこか遠い場所ではなくなった。最終的に何がベストかなんてことはわからないが、とにかく今は今回できたきっかけを大切にして、出会った方々と今後もつながりを持ち続けたいと思う。


【2014/09/25 16:53】 | 活動報告
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社会学部2年  西内 健人

 私は今回が2回目の唐桑訪問で、5月の唐桑は初めての経験でした。ただただ衝撃を受けて事実を処理しきれなかった前回(12月)の唐桑ツアーと比べて、今回の唐桑ツアーは前回よりは何かを吸収しようという心構えを準備してからツアーに臨むことができました。また今回のツアーは前回のメリーカラクワスのような一大イベントに参加することもなく、比較的自由に東北を感じることができたように感じます。
 今回のツアーでは、「人間力」や「生き抜く力」といったようなものを触れ合った人々から感じました。たとえば前回のツアーでの報告書でも書かせていただいたIさんには今回もとても大きな影響を受けました。前回のツアーではお聞きすることのできなかった震災直後のお話をお伺いすることができました。それは今のIさん、僕が知っているIさんではなく、震災直後のIさんは、より人間臭いIさんであることが推測できました。当時の状況は現在のつなかん(Iさんが女将をしている旅館)からは想像もつかないものでした。また、つなかんの復旧に携わってくれたKさんという方が偶然いらっしゃって、とても人間味あふれるお話を聞かせていただきました。Kさんは愛媛県新居浜市からいらっしゃっていて、一緒にいらしていた新居浜市民の会の方々と共に今後の人生も含めて、大変すばらしい時間を過ごさせていただきました。
 話は変わって、カエル塾のBさんにお会いすることもできました。Bさんには引率の小倉先生や以前の唐桑ツアーに参加した学生とも交流があり、今回のツアーで一番楽しみにしていたものでした。Bさんの「震友」という考え方は、大変新鮮に思え、なおかつ自分の東日本大震災とその影響という概念に変化がおきつつあります。それはこれからの自分の社会学部生としての姿勢、そしていずれなっていく社会人としての姿勢によって幾度も変化していくことかとは思うのですが、Bさんの考え方は大変参考になるものでした。
 今回のツアーでは、陸前高田や気仙沼の被害状況よりかは、いろんな人にお会いすることができていろんな魅力を見ることができました。余談ですが、IさんとKさんで一代千年なる今後もずっと続けていってほしいなと思っています。

【2014/09/25 16:52】 | 活動報告
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社会学部2年 山本 武

 震災後何度か東北に行ったことがあるが回数を重ねるごとに、倒壊した防波堤や何もない海岸沿いを見ても驚かなくなっていった。今回もほとんどすべての建物が流されてしまった場所を見ても驚かなかった。もちろん普段生活している場所と比べたら全く違う状況だが、驚かない。驚くことがいいことなのかどうかは分からないが、その状況を見て何も感じなくなってしまうのは怖いなと思う。だからと言ってなんて感じるのがいいかわからないし、そもそも感じ方を無理やり変えようとするのは難しいし、それは違うと思う。とにかく、今回は驚かなくなってきたことを今までより、より強く自覚した。
 もう一つ東北に行くたびに感じていたことがある。支援の一環として東北を訪れると、東北の方に「よく来てくれたねー、ありがとう。」と言われることがある。それに対して自分を含めた多くの人が「いやー、ここが楽しいから来てるんですよー。」と答える。すごくよくある会話なのだが、私は両者が本当にそう思っているかどうかは別としても、これを聞くのが苦手だ。これは一つの例であって、私が言おうとしているのは人がお互いに相手をほめちっぎている様子を見たり、経験するのが苦手だということだ。すごくひねくれていると思うが、そう思ってしまう。褒められるのはお互いに心地よいことだ。だから二者の関係は「快―快」な状態ともいえる。でもそれはその両者だけの中で成り立っているもので、もし、はたから見たら褒めあうだけで相手の全体を見ようとしていないというふうに見えるのではないかと思う。そのままだと、相手の浅いところしか見えずに終わってしまう気がする。客観的な面だけで見ていてはいけないと思うが、褒めあうだけの関係はどうしても怖い。しかし、今回の唐桑ツアーではなにか新しいことが発見できた気がした。  
それは、初日に泊まらせていただいた「つなかん」の女将と愛媛県から2か月に1回支援物資を届けに来ている人との会話だった。二人の関係は震災当初からずっと続いていて、女将さんは愛媛の人に支援物資を持ってきてくれたり、がれき撤去を手伝ってくれたことに感謝していた。また、愛媛の人は時間がたっても笑顔で迎えてくれる女将さんに感謝していた。お互いがお互いに感謝していた。しかし、私は今までのような息苦しさを感じることがなかった。なぜかははっきりとは分からないが、私は二人が本音で話しているということを肌で感じ取っていたのではないかと思う。相手の別の部分を見えにくくするための褒めあいではなく、その部分を伝えたくて、伝えたいから話しているというのがはたから見ている私にも伝わったからなのではないか。
すごいなと思ったし、そんな関係の人がいるのはいいなーとも思った。自分にはいないとは言いたくないが、相手がどう思っているかはわからない。傍から見てもお互いがお互いを信用してるなっていうのがわかる、うらやましいです。
その新しい発見のおかげで人間ってそんなに捨てたもんじゃないなとも思えるようになった。



【2014/09/25 16:49】 | 活動報告
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 文学部2年 藤原 直貴

 私は今回初めて気仙沼市唐桑町に行きました。前々から現地に行ってみたいなと思っていたのですが、自分は何をしに行けばいいのか分からず中々現地に行く決心がつきませんでした。そんな時に「東北を身近に」をコンセプトの1つにしているこの唐桑ツアーを知り、参加してみることにしました。
1日目は陸前高田に行きました。テレビのニュースなどで陸前高田の映像は何度も見たことがありましたが、実際に行ってみると映像では伝わりきらない何もないだだっ広い景色に圧倒されました。その時に震災遺構として残された建物をいくつか見てまわりましたが、人々が普通に生活していたのだという生活感と、それがとてつもない力で破壊されているという非日常感が混じり合い異様な感じがしました。けれどその時一緒にいた、そこに何度も訪れたことのある人が何だかここに来ると博物館に来た様な気分になると言っていたのが印象的でした。その後と2日目はその地で震災を経験した方のお話を聞かせていただきました。この時もやはり新聞などの記事で読むのと実際に会ってお話を聞くのとでは印象が変わってくるなと思いました。記事で読む震災の悲惨さや恐ろしさよりも実際に会って聞いた震災後の辛さ、悲しみの方が訴えかけてくるものが多い気がしました。しかし話を聞いていると、そのような辛い出来事である震災を受け止め、前に進んで生きていこうとする強い意志のようなものも感じられて人間の強さを思い知った気がしました。
今回初めて現地に行って分かったことは、実際に行って、見て、話すことで見えてくることがあるということです。震災のことを考えるときに外から客観的に眺めることも重要だと思いますが、実際に行ってみて内側から考えてみることも大切なのではないかと思いました。また、がれきの撤去作業などは進んでいて目に見える形での手伝えることは減っていて、ボランティアの震災に対する関わり方も変わってくるようでした。お話してくださった人は、これからは心のケアが重要になってくるとおっしゃっていました。先程は震災を受け止め前に進んでいこうとする人達がいると言いましたが、受け止めきれていない人は沢山いると思いますし、急激な生活の変化に対応しきれていない人も大勢いると思います。それなので建物やインフラなどの物理的な復興ができたとしても復興が終わったとは言えず、その後の精神面でのケアにまで力を入れなくてはいけないのではないかとも思いました。

【2014/09/25 16:48】 | 活動報告
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社会学部1年 山本 裕貴

今回の気仙沼での経験は自分のものの見方を変えてくれました。被災地の方がこんなにも優しく、力強く生きていることに自分自身かなり驚きましたし、相当な刺激と勇気をもらうことができました。きっと一生思い出したくもないような経験なのに、それを伝えることに義務を感じて、来た人来た人に毎回毎回丁寧にそれを説明してくれて、本当にすごいというか、尊敬します。特に、Yさんという方は、あと数十㎝波が高かったら死んでいたかもしれないという生死の境目を経験した人で、実際にその時に撮った映像を見せてもらいましたが、言葉には表せないほどにすさまじいものでした。あんなものが来たらどんなものでも太刀打ちできないという、津波の凄まじさを知りました。また、Bさんという方に話を聞いた時には、どのように人生が変わったかを聞くことができました。Bさんは当時の心境をこと細かに説明してくれて、その心境がとても伝わってきました。それと、東日本大震災に関しての資料を見せてもらいましたが、その中には、いまだ建設すらされていない仮設住居への転居の決定についての紙がありました。こんなやり口で、一時の慰めのために、このようなことを政府はしているんだと知って、とても腹がたったのを覚えています。そして、Bさんに連れられて、仮設住宅に行くことも出来ました。中も見せてもらうことができましたが、意外にもしっかりとした設備が整っていて驚きましたが、やはり何人もが生活するには少し小さいという印象でした。こころなしか、仮設では少し雰囲気が暗く感じました。それもそのはずで、あれだけ狭いところに何日もいたら、自分だってそうなってしまうでしょう。仮設には、たくさんのメッセージが貼ってあって、中国の方からのものもあって、色々な人が被災地に関わっていることを知って、すこしうれしくなりました。それから、一番衝撃を受けたのが、宿のおかみさんのIさんで、常に笑顔を絶やすことなくみんなに元気を与えていて、こんなにも人間って強くなれるのかと感銘を受けました。すべてを津波に流されて、ゼロからのスタートになってしまっても、ここまで明るくみんなにパワーを与える存在になれることに驚きました。いや、だからこそかしれませんが、とにかくIさんには驚かされました。今回の気仙沼訪問ではたくさんのことを学び、感じました。例えば、今の支援の形として物資の提供ではなく、被災地に行って話を聞くということが必要になっていることや、テレビで見た被災地と生で見た被災地では大きな違いがあること、つまり行ってみないと分からないということです。これはどんなことにも言えて、何事も挑戦しないと何もわからないということを再認識できました。また、人との出会いも重要なことだと改めて認識できたのも、今後の自分の人生において、大きく意味を持つものだと思っています。本当に行ってよかった、そう思える気仙沼訪問でした。                           
                       

【2014/09/25 16:46】 | 活動報告
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