立教生ができる支援とは?立教生ができる支援をやろう!私たちができることを考え実行するプロジェクトとして、立教大学社会学部が立ち上げた「RDY(立教生ができることをやろう)支援プロジェクト」のブログ
8月6日〜9日に唐桑ツアーを実施しました。
参加者の記録については近日中にアップデートします。
スポンサーサイト

【2017/10/27 17:35】 | 未分類
トラックバック(0) |
東北を身近に~ツアーの意味として~

社会学部2年 西内健人

 今回の唐桑ツアーは個人的に3回目の参加となった。初回、第2回目に参加した際は、必ず前日までに個人的な目標や指針を心に決めてから参加をしていた。唐桑ツアー以外にも東北へは東日本大震災以後何度か足を運び“被災地の今”を実際に目の当たりにしてきた。その都度に行く前には個人的な目標や指針を決めていた。しかし今回の唐桑ツアーに参加するにあたっては、何か心に決めてから、という精神的な準備はできずじまいであった。結果としてあえて準備をしないでツアーに臨んだことによっていつもとは違った東北が見えた気がする。
 唐桑ツアーの位置づけとしては、「被災地を知る」といったものや「東北を身近に感じる」といったニュアンスのものであるので、初心者向けといっても差支えは生じないであろう。初参加の人々と比べると、その場所に対しての知識背景などは、いく段か差が生じてしまうのは止むを得ないであろう。そこで私は、東北に慣れ始めた人にとってのツアーに参加する意味を考察してみたい。
 前述したように、今回は何か精神的な準備をするといったことをしないでツアーに参加した。補足として、今回からは運営にも携わせていただいているが、それは個人的な目標や指針には含めないものとしたい。流石に3回目ともなると、高田松原の道の駅や、雇用促進住宅などの震災遺構を目にすることに対してのショックは薄れてきてしまっていた。ツアーは、被災者の方々との交流も然ることながら、被災地を見て回る(巡礼のようなもの)を中心として設計されているので、この点においては参加する意味がないとは言えないものの、ツアーを充実したものにできるとは言い難いのではないだろうか。
 もちろん、ツアーは被災地を見て回るだけで終わってしまうわけではなく、つながりを築いてきた方々との交流が寧ろメインである。複数回目の参加者にとってはこちらに参加の意味を探すことになろう。たとえば唐桑ツアーでは2度目の交流となったYさんとの交流を例に見てみよう。Yさんは東日本大震災以前に陸前高田市市街でパッケージプラザを営んでいたが、震災により店を営業できる状態ではなくなり、現在はつどいの丘商店街にて仮設店舗を営んでいる。そんなYさんとは、私が4月にコミュニティ福祉学部の陸前高田プログラムに参加した時にお会いしてそれ以来の付き合いになっている。今回のツアーに際してのアポイントメントも私がとった。Yさんは津波から奇跡的に助かった人で、各マスメディアからも度々取材を受けているような方であるが、震災から3年半以上たった今でも変わらずに震災、殊において津波とのトラウマと闘い続けている。Yさんの現在の生きる糧となっているのは家族、奥さんと娘さんであり、今まで2回お会いさせていただいた中で2回とも奥さんと娘さんのことは話にでていた。そして今回、現在のYさんの店舗にて、初めて奥さん、娘さんとお会いすることができた。娘さんは震災のちょうど1ヶ月前に誕生したばかりなのでまだ3歳と数ヶ月である。そんな娘さんと対峙しているときのYさんの表情が大きく印象に残った。私がYさんに会うのはまだ3回目であったが、初めて見る表情であって、今回のツアーでの意味はそこにあるのではないかと感じた。
 今回は私の体験をもとに考察してみたが、いくらかの人にとっては複数回の参加はあまり意味のあるものであるとは言えないかもしれない。わたしにとっても今回のような体験が何度も何度もあるとは言い切れないだろう。結論を出すのは個人の感情にゆだねられてしまうので非常に困難である。複数回参加者のための施策を今後検討していけたらと思う。


【2014/12/22 15:04】 | 未分類
トラックバック(0) |